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夏と言えば、コレ!!
2011-08-08 Mon 23:40
40度の高熱にうなされ、手足口病にかかり飲めず食えずの地獄からチビ助無事生還?!

彼は1週間保育園を休んだ。

親は仕事を休んだり、おじいちゃんおばあちゃんに助けてもらったりとなかなか大変だった。


くそ坊主復活記念、琵琶湖に飛び込む。



808.jpg

かなり雲も出ていたが、暑さは尋常じゃない。

琵琶湖の水にむせながら、久しぶりの水遊びを楽しんだ。



808b.jpg
家では初のスイカ!

おいしかった。

夏と言えばコレ。水遊びの後のスイカ。必勝パターン…

808a.jpg
「どうもありがとうございました」

琵琶湖の神様に深々と感謝!!!  


1歳児のくせにお前えらいなあ。


でもなあ、チンチン丸出しはどうかと思うで。



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早起きは三文の徳
2011-02-12 Sat 23:13
朝日
引越してわかったのだが、
東南に面しているこの家は冬、玄関から日が昇る。

誰よりも先に玄関からお出でになるお日様。
紫外線効果もあるのか、朝の光はすがすがしく清らかだ。
寒さを我慢して外に立ってみると、玄関の壁がアートになっていた。
思わず引き返して携帯でパチリ。

生い茂った金木犀を強剪定し、もみじの木も切った後だった。その影が等身大で墨絵のように壁に映えた。
一輪挿しの花器がまるで太陽か月のように見える。

早起きは三文の徳。
自分の家を見直した。



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チビ助0歳、曾おばあちゃん百歳に会う!
2010-10-13 Wed 00:54
百歳
チビ助が生まれる前約束していた。
「子どもが出来たら見せに来るからね」

2年近く経ったろうか。

念願かなった相手は百歳になっていた。チビ助の曾(ひい)おばあちゃんだ。


百歳3
チビ助はおばあちゃんをじっくりみつめた。

ただならぬ百歳パワーに怖気づいているようだ。

とにかく元気なひとだ。
しっかり受け応えもできるし、ボケてもおらず、習字も僕らより余程うまい。オムツもしてないし、ご飯もおいしそうに食べる。おまけにオムツをしたチビ助をあやしてくれるのだ。
「かわいい、かわいい」 
「きれいな子や」
とチビ助はお褒めにあずかった。

驚きの百歳おばあちゃんだ。




百歳1
おだてられたチビ助は、おばあちゃんにキスでおかえし。





百歳2
曾(ひい)おばあちゃんのパワーをもらったチビ助は調子に乗って、
「ウオッス」
と手を振っている。

ゼロ歳のチビ助と百歳の曾(ひい)おばあちゃんコンビには、一挙手一投足が僕には驚きだった。
僕がこんな年齢(ゼロ歳と百歳)だったらとても出来そうに無いことばかりだ。

ちょうど中間にいる僕などは、だんだんどっちつかずの成れの果てのような気がしてくるから始末が悪い。

どうやら百歳パワーをもらったのはチビ助だけで、あとの人間はかるく打ちのめされたのではないだろうか。


101歳のお誕生日には、ぼくもパワーをもらうココロづもりだ。





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近江八景 浮御堂へ 
2010-08-03 Tue 19:58
カヤック
連日の猛暑で子育て専念中のタロママも我慢ならず普段着のまま琵琶湖へドブン。
心配そうに見守るタロ助。
でもこのタロママは大丈夫、日本泳法を子どもの時からマスターしてるつわものなんです。鎧、かぶと着けて泳ぐアレですわ。

心配した方がいいのは自分、タロ助だわね。

カヤック1
ほうら、一緒に泳がされたり、


カヤック2
カヤック犬にされたり、


カヤック8
沖に漕ぎ出されたり、


カヤック3
はじめはビビりまくりだったけど、なんや帰ってきた時は一流(?)のカヤック犬に見えるから不思議やわ。
ま、カメラマンに随分助けられているけどな、タロ助…。




カヤック4
チビ助の子守りを交代して、僕はちょっとしたツーリングにでた。
美しい弧を描く橋は琵琶湖大橋。
その右手に広がる緑地が、真野川の入り江になる。

昔はもっと広く美しかったらしく、

うづらなく真野の入江の浜風に尾花波よる秋の夕暮れ(源俊頼)などと詠まれている。

高浜虚子が

このあたり真野の入り江や屋形船
 
と歌ってしのんでいた。



カヤック5
その大橋の真下を通過し、


カヤック6
狙いは近江八景のひとつ、臨済宗大徳寺派海門山満月寺にある湖上に突き出た仏堂、浮御堂。

鎖あけて月さし入れよ浮み堂

と芭蕉が詠んだお堂には、千躰の金色に輝く阿弥陀仏が奉納されている。


カヤック7
僕チンは

湖面よりパドルを合わせし浮御堂

まえからね、こうして湖上から見たかったのら~。







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築30年の我が家  リフォームその1、トイレの壁
2010-07-30 Fri 16:12
築30年の我が家は、見直せば相当いじらなければならない。
自分たちでリフォーム出来るところ、出来そうなところは未経験ながら大胆にやることにした。
まず
▼ トイレの壁周り
    ベニヤ板から漆喰壁へ変える。
▼ 台所の壁周り
    石膏ボードから漆喰壁へ変える。
▼ 庭木の伐採
    直径20センチくらいの立ち枯れた杉の木の伐採、4メートルくらいの金木犀の剪定。
▼ 雨水の排水
    増築部分の雨樋の排水設備がない。地面を30センチほど掘りそこに雨水を貯めて自然にエコ排水。
▼ 手すりの撤去
    家中に張り巡らされた手すりを撤去。
▼ 照明器具の装着
    シーリングは簡単だが、直付けしなければ出来ない照明。
▼ 木部の汚れ、穴
    との粉でふさぐ。

このくらいは自分たちで出来そうだった。



そして、自分たちではとても出来そうにないものが次のもの。

● お風呂、洗面所
    湯船が錆び、漏れている。水道管などがむき出し。
● ベランダ
    鉄骨が腐り崩落寸前。
● 割れた窓ガラス
    取替え。
● 台所のドア取り付け、腰板張り。
    手すりが取り付けられていた関係だろう、ドアが撤去されていた。

これらは専門家にリフォームを見積もってもらった。


さあ、まずはトイレから。

トイレの壁を漆喰に塗り替える。
トイレ1
漆喰は7畳半の台所とトイレの分で80キロ用意した。
壁に鏡の付いたニッチを作りたかったのでカッターで切り抜いた。

サッシ窓の上にある換気口は必要ないと判断し、塞ぐことにした。





トイレ2
マスキングテープと養生用のシートを張り巡らせた。

タロママが漆喰に挑戦。
大学時代に絵やデッサン、製作を専攻していただけになかなか堂に入っている。



トイレ3
家にあった鏡を壁に埋め込んだ。


トイレ4
換気口はよく鳥が巣をつくる場所だ。
うちの元換気口にも巣を作ってもらった。

そのうち卵を産んでくれるだろう。







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琵琶湖移住計画 その4  「引越し見積もり」
2010-03-23 Tue 20:10
琵琶湖の家の購入契約とここ枚方市の家の売却契約が済んだ。
不動産屋のいろんな説明がおわってから、
手付けとして購入価格の一割を支払ったり、受け取ったり。ま、これは家の価格に含まれるわけだからOKなんだけど、仲介手数料として不動産屋は購入価格の3%プラス6万円を双方からせしめていく。これはけっこうな報酬だとおもう。1000万円の家をさばけば72万円、2000万円の家なら132万円なのだ。こんな余計な手数料を払うのが嫌なら不動産屋を介さずに購入すれば良いのだが、それはかなりむつかしい。
前回の購入のとき不動産屋にミスがあって僕たちが困ったことがあった。そのときはこの仲介手数料を10万円負けさせた。
どうしても必要なものなら負けたりはしないだろう、つまりはいいかげんな手数料設定なのだろうと思う。



さて、引越しの準備だ。

引越し予定までにはまだ2ヶ月ちかくあるが、見積もりをしてもらった。
A社とK社の相見積もり。

まずA社に来てもらった。
以前にも利用したことがあり安心感があった。
予定の時刻より15分も早く来た営業マンは、事務的に家の中を見て回った。
タンスや本棚の大きさ、押入れの中,物置。
書類にチェックしながら請求金額が書き込まれた。20万円ほどだった。
4トン車と3~4人の作業員、エアコン取り外し・設置料だと言う。
彼は淡々と、
「車の運送料とエアコン代は取り決めがあってオマケできません、作業料だけオマケすることが出来ます。」というと、
書類と電卓を交互に見合って、書類に書き込んでいった。

平日割引き     20%      『お、ケッコウ負けよるやん』(タロッちちの心の声)また書き込んだ。
HP見た割引き   10%      『ふんふん、最近この手が多いなあ』

おほ、またまた書き込んだよ。
前回利用割引き   40%      『ぎぇー、お前それは負けすぎやろ』

彼はここまで何もしゃべらずに静かに書き込むだけだったが、向き直るとこう切り出した。
「お客様、大変失礼なことで恐れ入りますが…」と、少し声をくぐめるではないか。
『なんやなんや、こいつ。まだなんかとんでもないことがあるような言い方しよるやんけ』

僕はこの手の先の見えない演出によわい。
彼はまた繰り返した。「ほんとうに失礼なことで申し訳ないのですが、…」
『わかった、わかった。だからなんやねん』

さらに彼はもう一回言った。「大変ご迷惑なことかもしれないので、お気に召さなければすぐ断っていただいて結構ですから」
『うううう、こいつ、まだひっぱりよるで~~』
もう僕は息が詰まりそうになっていた。完全に彼の術中にはまっていた。その先の話を聞かずにおれるわけがないではないか!
喉の辺りを熱くしたまま僕はたった一言「いい、いいですよ」と言うのが精一杯だった。

「実は、お客様。他の業者さんも見積もりをだされていますか。もし出されていたらこの場で断っていただき私たちと即決していただいたら…」とそこまで言うとまた向きを変えて電卓をたたきだした。
そして、彼は電卓の暗い数字をこちらに見せるのだった。

なにか、ものすごいイカガワシイ取引をしているようだった。
僕はその数字に驚いた。いや、そうではなく彼の営業話法に驚いていたのかもしれない。

僕はバカみたいに、
「…いい…、いいなあ…」ということしかできなかった。
こんな時しっかりしているのはいつでも『女』と相場が決まってる。
タロッママは携帯でさっさとK社を呼び出し見積もり予約をキャンセルしているではないか。



産みつき
犬と皇帝ペンギンのお散歩。

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琵琶湖移住計画  その3 「家を売る」
2010-03-17 Wed 18:49
このご時世、家を売るのはなかなか難しい。
何百万、何千万円かけて家を建てても20年30年経てば価値はなくなり、土地値に
しかならない。家を建てる業者も手を抜くのが当たり前になっており、10年ほど
でガタの出る家もある。
いつからこんな風潮になったのだろう。50年100年住み続けられる家は必要ないか
のようだ。
20年30年で家を出ていく子どもたち。そしてもう大きな家はいらなくなった老夫
婦。核家族化の社会に見合った家の寿命と言うことか。
木の家であろうとしっかり建てれば50年100年大丈夫だのに。材木も呼吸し生き続
ける。寺院など数百年はざらだ。
エコだ、どうのこうのというより、そういう古いものに触れながら暮らしたいと
想うのは人間として異質な興味なのだろうか?
京都の老舗旅館や和風居酒屋、和風喫茶など雑誌でとりあげられたりもし、
流行っていたりするところをみると「異質な興味」というわけでもない。

古いお家にお住まいの皆さん、ぜひ私たちにお譲りください。

しかし、こんな嘆かわしくももったいない風潮だが、中古ハンターの私たちには嬉しすぎるのだ。
土地値で買ったものを、土地値で売るのだからほとんど損はしない。



さて、いよいよ家を売る段取りにかかった。


この家を買ったときのF工務店に、売りも任す事にした。
ところが驚いたことに、買いと売りでは、店員の対応は180度ちがう。
買いのときは「ホメ」ちぎった特徴が、売りのときは「ケナシ」の材料にしかならないのだから…。

たとえば、
【家を売る側の営業マントーク】  ⇒  【家を買う側の営業マントーク】

「古くてもしっかりしたお家です」  ⇒  「古くて小さく狭いですから…」

「南と西の2方向が田んぼで日当たり抜群、自然も豊か」 ⇒ 「田んぼは蚊が多いですし、臭いますからね」

「第1種低層住居地域なのでとても閑静、住むには最高」 ⇒ 「第1種低層なので建蔽率50%、建替えが難しい」

「お安くなっているのでこれ以上値は下げれませんが」  ⇒ 「なにせ不況、即決買取ならほぼ半額ですわ」

もう僕たちは開いた口がふさがらなかった。手のひらを返すとはまさにこのことだった。
キツネ目の営業マンは、調子に乗って電卓をたたいた。

「このくらいのお値段なら売れるかもしれません」と目を細めた。

しかし僕はもう意を決していた。キツネ目を無視し、最初に考えていた値段を提示した。
キツネ目はさらに目をつりあげなにかしゃべっていたが、こちらは馬耳東風。

あきらめたのか、すぐに書類を出し僕たちに判を押させさっさと帰っていった。

それから週末ごとに急に人の出入りが激しくなった。
『内覧』である。

「売りに出すのはもったいない」とか「きれいにつかっておられる」とか「気持ちの良いお家」とか声をかけていただいたが、車庫スペースや台所スペースがネックとなりまとまらなかった。

3週目にこられたご近所の娘さんが、この家を気に入って下さった。あまりにもご近所なのでびっくりしたが、それだけに住環境は熟知されておりなんの説明もいらなかった。



室内
古いものに囲まれて暮らすタロッ家。
使い込まれたものは、安心感があるしぬくもりがある。


桜
桜の蕾がふっくらと大きくなってきた。


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琵琶湖移住計画  その1
2010-02-02 Tue 10:45
琵琶湖に住みたい、と思っていた。


時々乗車する湖西線の車窓に、いつも釘付けだった。
そこからは、水平の琵琶湖と低い家並みがのどかに広がり、反対側の車窓には雲をいただいた比叡山や雪をまとった比良山がドンと屹立している。どちら側の客席に座っても先の景色が気になってくるのだ。
子どもの頃ドライブで連れて行ってもらったサンケイバレー(カーレーターが楽しかった)、初めての冬山訓練、比良山スキー場(数年前に閉鎖)にテントを張って3日間スノボに明け暮れた事、湖ではバスフィッシング、ウインドサーフィン、カヤック、キャンプ、ロードバイクで琵琶湖一周などの思い出がある。

車窓から見えるのは、実はそんな昔の思い出かもしれない。




4月に子どもが誕生するのを機に、この豊かな自然の一角に移住できないか、考えてみた。
大阪に引っ越した4年前のときもこのことは考えていたが、インターネットで検索する程度だった。
今回は具体的に現地に足を運んだ。

新築など端から頭にない、金もない。
二人が好きな和風の中古物件。まだ、おじいちゃん、おばあちゃんが住んで介護に明け暮れているお家だった。
一応の内覧を済ませ、琵琶湖に出てみる。


新居さがし2
がつん、とやられてしまった。
湖上に満月があかりをともし、足元に波の音が右に左に静かにひろがる。
二人はもうだめだった。
ここに決めた。

新居さがし3
ここから勤務地まで遠い。
僕が直線距離で2倍半になる。

現実と理想。

実生活と感傷生活。

先がで、後が×。常識的判断にゆだねれば、そうなる。

すべて感傷の中で決めたことに、不安はある。
しかし、人間50数年生きてきたのだ。自分の感性に少しくらいの自信を持っても良いと思っている。




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嵯峨嵐山 トロッコ電車 京都の紅葉を楽しむ。
2009-11-24 Tue 01:08
11月15日、京都嵐山へ遊びに行った。
紅葉シーズンの京都は最も人出の多い時だ。それも嵐山となれば尋常ではない。
ラッシュ時の大阪駅なみの雑踏で、渡月橋の前の信号は青になっても人が動けないほどであった。

そんなところをむっさい男6人で行ってしまった。
当初の計画は、トロッコ電車で亀岡まで行き帰りは保津川下りを船で楽しもうというものだった。山から川から往復で紅葉を楽しめるやん、というスバラシイ趣向だったが考えることは皆同じだった。
最初の嵯峨嵐山のトロッコ電車乗り場でつまづいてしまった。
「2時間30分待ち」というアナウンスが、6人の男たちをみるみる一層むっさいしかめっ面ジジイにしたてあげた。
さらに「保津川下りは船止めになっております」と言うではないか。6人の怒れる男たちは今にも線路をめくりだしそうになったが、還暦近くになると、こういうことも5秒ほどでエネルギーがなくなり、「じゃ、JRで亀岡まで先回りして帰りだけトロッコに乗ろう」という案に収斂していった。

ま、実際これもスバラシイ名案だったがやはり考えることは皆同じ…。
亀岡でもトロッコに乗るのに「1時間30分待ちです」と切符売り場で姉ちゃんにいわれてしまった。

しかし、男たちは諦めなかった。

というか、もうトロッコ電車を待つしか手はなかったのだが…。



常寂光寺(1596年)の多宝塔(1620年)。
京都市内を一望できる素晴らしいポイントにある。
09嵐山4


常寂光寺の鐘突き堂と水鉢。
09嵐山3


山門から常寂光寺へ向かう。
09嵐山9


遠くの萱葺き小屋が落柿舎(ラクシシャ)。
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うまい具合にたわわに実った柿が、ここがどこだか教えてくれている。
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トロッコ電車からパチリ。
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乗れなかった川下りの船。昨日までの雨でかなり水量が多い。
09嵐山


トロッコ電車は大人ばかりだった。カメラの放列。
09嵐山1


トンネルの中。
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トロッコ嵐山駅。
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嵐山の湯豆腐を楽しんだ。
09嵐山0
もちろんお酒もだ。
酔いも回り、大声でエロ話しをしだすものだから周りの客とお店の人が見て見ぬ振りの迷惑顔だったことは明らかだった。

大阪からのむっさい6人は、やっとゆるくたるんだいつものへいあんな顔に戻った。
戻らない方が良かったかもしれないが…。
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ビフォー・アフター   30年の時を越えて
2009-10-03 Sat 22:32
9月の連休に同窓会をした。
学生時代に住んでいた下宿人の同窓会で、当時様々な大学の学生や社会人がうごめいていた。

下宿といってもアパートやマンションではなく、倒産した工場の跡地を利用したもので風呂など無く、部屋で飯を食っているとネズミやイタチがとなりを走っていた。
30年ぶりに会う連中もいて、幹事冥利につきた。

奥さんを連れてくるもの、息子が飛び入りで彼女を引き連れてくるものなど、とても賑やかなものになった。

同窓会
京都のライブハウスを貸しきって騒がせてもらった。


同窓会1
調子に乗ってライブづくタロッちち。

ビフォー
ビフォー1
左端が30年前のタロッちち若かりし頃…。工場跡地の下宿で撮影したものだ。

アフター
アフター1
同じ人間が30年後同じポーズを作った。
もちろん下宿はもう消滅していたので、となりの公園で撮影した。

ビフォー・アフターの間には、プチ整形などもちろんない。
そんなんしなくても30年の月日は充分、顔を身体を心をいたぶってくれた。

じっくり写真を見つめてみた。

青年たちの顔はどれも良く似ているな、と思う。
が、30年後の青年はもうどれも似ていない。
それぞれの陰影をしっかり持っている。

テレビのビフォー・アフターは、アフターの方が素晴らしくきれいになってるのだが、どうやら野郎どもには縁のないマジックのようだ。

30年ぶりに会った喜びはきっと懐かしさだけではなく、30年間の言い表せない月日をも潔くよろこんだのではないだろうか。


ここにももうひとつ縁のないビフォー・アフターがおった。
1-我が家にお目見え
うちにやって来た3年前のパピパピタロ助。


アフター
耳を前に垂らしてみたが、ぶきみなおっさん顔にしかならなかった今のタロ助。

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